ほげほげけびんの日記

日々の出来事や感じたこと、考えたことを綴っています。

人はバックする車に轢かれかけるとどうなるか

仕事の帰りに歩いていて、バックする車に轢かれかけた。

これまで、想像では、バックする車が迫ってきても、簡単に避けられると思っていた。

しかし、実際には、まったく違っていて、危うく轢かれかけた。

そのときの身体の動きと、頭の中の状況を再現しようと思う。

今後、同じような状況になったときのためのイメージトレーニングになると思う。

 

仕事帰り、住宅街を通り抜ける道路の歩道を歩いていた。

この道路は片側一車線で、歩道は車道より高く、完全に分離されている。

街灯は無く、灯りらしいものといえば、周囲の家々から漏れる程度しかない。

つまり、真っ暗に近い。

なので、私はライトを点けて歩くことにしている。

ライトを手に持って、腕を振りながら歩くと、大抵の車は気づいてくれる。

この日も、私はそのようにして歩いていた。

 

歩道を歩いていると、エンジンをかけてライトを点けた車が1台、路肩に寄せて停止していた。

その車の側を通り過ぎると、車がハンドルを切りながら私に向かってバックしてきた。

自宅の駐車場に、バックで入れようとしてきたのだ。

 

このとき、この車は、私がいることに気づくだろう、と期待してしまったのだ。

年式の新しい車に見えたから、リアカメラかセンサーで気づくだろうと。

しかし、車は止まらない。

そこで、手に持っていたライトを車のリアウインドウにかざした。

これならドライバーは気づくだろう、と思ったのだ。

それでも車は止まらなかった。

このとき、もう私の身体と車は接触する寸前だった。

 

こうなると、もう横に移動して車を避ける余裕はない。

即座に後退りしながらリアウインドウを手で思いっきり何度も叩いた。

このとき、ようやく車が止まった。

ドライバーは窓を開けて謝ってきたが、私は何もいう気になれず、その場を去った。

命の危険が去ったと分かったとき、人は放心状態になるのだった。

 

このときの状況を思い返してみると、いろいろなことが分かる。

・状況を理解するまで、一瞬思考回路が止まり、判断と動きが遅れる

・ドライバーへ、一刻も早く音で異常を知らせるべきこと

・変に避けようとしても、すでに遅いこと

 

無理に避けようとして、脚を滑らせて転んでしまうと、確実に轢かれてしまう。

また、暗いからと言って、光で知らせようとは思わないこと。

後ろを見ていないから、人を轢きかけても気づかないのである。

当然、光にも気づくわけがない。

音で知らせるのがより確実だ。

 

これからは、エンジンをかけたまま路肩に停まっている車を見たら、用心しようと思う。